映画『来る』レビュー〜SNS時代の人間喜劇〜

映画

作品情報

来る

  • 製作:2018年/日本/134分
  • 監督:中島哲也
  • 出演:岡田准一/妻夫木聡/黒木華/松たか子/小松菜奈
  • 脚本:中島哲也
  • 原作:澤村伊智「ぼぎわんが、来る」

予告編

レビュー

こんにちは。臘月堂(@Lowgetsudou)です。

オカルト&スプラッターの皮をかぶったSNS時代の人間喜劇!

うっかり「ホラー映画かな」と軽く構えて観たらば、あまりに辛辣なブラックコメディだったんで驚いてます。

中世末期におけるカトリック教会の腐敗を皮肉った『デカメロン』

時代おくれの封建制と騎士道を嘲った『ドン・キホーテ』

バカな戦争を続ける大英帝国をはじめ、人間一般を批判した『ガリバー旅行記』

どれもその時代その地域に特徴的な世相をシニカルに描いた名作たちです。

そして『来る』もまた、それらに肩を並べる諷刺劇だと言えば大げさでしょうか?

三幕構成の今作は、順次主人公が入れ替わる群像劇じたて。

うわべのストーリーは『パラノーマルアクティビティ』よろしく、

「子供に取り付いた悪霊か妖怪のたぐい」

に翻弄される人々がたどるてん末を描いています。

しかし「あれ」と呼ばれるこの存在は、人間の心の弱さが招く不幸や災厄そのもの。

「君たち自分の都合ばかり考えて、他人の幸せをないがしろにしてたら、こんな目にあっちゃうぞ!?」

という諷刺性および教訓は、現代社会に対応できるようアップデートされた童話とも言えます。

テーマだけでなく、『It Comes』という英題を与えられたタイトルまで含めて、

デヴィッド・ロバート・ミッチェルの青春ホラー『It Follows』によく似た作りです。

では具体的に、どんな人々のどんな弱さが諷刺されているのでしょう?

ストーリーテリング上、とりわけ力点が置かれた2名について書きます。

まずはヒデキ(妻夫木聡)。

周囲の人間に「いい奴」「すごい奴」と思われたくて仕方ない男です。

虚栄心に突き動かされインターネット上で「理想的なイクメンパパ」を演じ続ける彼ですが、本当は子育ても奥さんも放ったらかし。

タチの悪いことに、家族を不幸にしている自覚も悪意もゼロ。

インスタ映えやFacebookでの「リアルが充実」アピールに余念がない現代人を代表する存在です。

こうやって文章を書いている自分の中にも "ヒデキ" はいるはずですから、他人事では全くありません。

「あらかじめ用意された美意識の枠内で他人を出し抜こうと必死になる人間の愚かしさ」

を描くことは世相をよく反映しています。

また、これは朝井リョウ原作の『何者』『桐島、部活やめるってよ』と並び2010年代の日本映画を特徴づける潮流の一つとも言えるでしょう。

そしてノザキ(岡田准一)について。

「子供という得体の知れない存在に対する恐怖」
「父親としての責任を背負うことへの恐怖」

という弱さを抱えた彼の姿は、デヴィッド・リンチ『イレイザーヘッド』を強く想起させます。

上記の2人以外の人物たちもそれぞれ心に弱さをはらむ者ばかり。

親の都合で罪のない子供が不幸になる、
『ゴーン・ベイビー・ゴーン』
『フロリダ・プロジェクト』
『ラブレス』

などに通じるテーマまで絡んできます。

(ほんと現代社会の問題博覧会みたいな映画ですねこれ)

人物描写で面白いのは、それぞれの人物の印象が初登場シーンとその後の展開で全く変わること。

ノザキは『ロング・グッドバイ』のエリオット・グールドのように、

達観をにじませたスタンスと飄々とした人格を持つ雰囲気で登場します。

しかし展開が進むにつれて見えてくるのは、慌てたり叫んだり、状況にうまく対処できない「普通の人」である彼の姿。

同じく初登場時のマコトは、さながら『ドラゴン・タトゥーの女』のリスベットを思わせる不敵な出で立ちと態度。

しかし本当は誰よりも優しく人間味に溢れ、だからこそ不幸を招いてしまうのです。

ヒデキの「大親友」である津田も例に漏れません。

表層的な部分だけでは人間は分からない。

他人の目立つ部分だけが、その人の全てではない事を暗示させます。

そしてその人物描写はラース・フォン・トリアーミヒャエル・ハネケあるいはシャーリィ・ジャクスンかと思うほど容赦なく、スプラッター描写もえげつない。

そのため分かりづらいですが、この作品はホラーではなくれっきとしたコメディでした。

ヒデキ達の性質を「弱さ」と切り捨てず、

あくまで「人間らしさ」として踏みとどまり、

突き放しつつも寛容な目線を交えながら描いたらどうなるか?

方法こそ違えど、それは芥川龍之介『鼻』『芋粥』『羅生門』などと同じベクトルに位置するはずです。

「誰もが心に抱える後ろめたい部分を、気後れしながらも笑い飛ばす」

それがコメディが持つ大きな役割の一つですし、諷刺劇は本来そのためにあると思っています。

最後にノザキについてもう一つ。

彼が他人と深く関わらず、友達ひとり作らず孤独に生きようとするのは、

大事な存在が出来た時にそれを失う痛みが怖いから。

ですが、本気で誰かと向き合い、傷つく覚悟で付き合わなければ、それだけ生きる喜びもなくなります。

そんな生き方はセリフにあるように「死んで腐ってる」のと同じです。

「痛みを知って初めて生の実感が得られる」

というメッセージを持った今作は、近いテーマの

『ファイトクラブ』
『ゴーストワールド』
『野いちご』

などと並んで僕にとって大事な一本になりました。

あれこれと書きなぐりましたが、僕がダラダラ書いたことなんて、

ラストの衝撃的なデウスエクスマキナで跡形もなくぶっ飛ばされるんです。

いつまでも子供の純粋さを忘れないでいよう!!!

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