こんにちは、こんばんは。
臘月堂、主人の南(@lowgetsudou)です🌙
今回レビューするのは『ウィッカーマン』。
アリ・アスター監督『ミッドサマー』のインスパイア元としてやにわに注目を浴びた1973年のイギリス映画です。
それではどうぞ。
予告
あらすじ
熱い正義感を持つ警察官ハウイー。
彼のもとにある日、匿名の手紙が届く。
「私はスコットランド西岸の島、サマーアイルに住む者です。
数日前から娘が行方不明になりました。
捜索をお願いできませんか?」

小型の飛行機で島に駆けつけたハウイーが見たものは、
現代文明から隔絶された島に根付く土着の宗教、奇怪な儀式、猥雑な習俗の数々だった。
島民たちによる神への冒涜としか思えない奇習を目の当たりにしながら、敬虔なキリスト教徒であるハウイーは島内の捜索を開始する。
行方不明の少女は一体どこに消えてしまったのか?
本当に死んでしまい、島民たちはそれを隠蔽しているのか?なんのために?
島民たちが浮かべる不気味に明るい笑顔。
ハウイーの疑念は、やがて惨劇として明らかになるのだった。
ネタバレ解説
僕こういう
「現代文明から隔絶され、不気味な習俗が残る村に迷い込んだ人物が大変な目に遭う話」
に目がないんですよ。
そういう作品は沢山あるんですが、中でも『ウィッカーマン』は「閉鎖社会の奇妙な習俗」モノの古典として、カルト的な人気を誇っています。
いろんな魅力があるんで一つずつ解説しますね。
歴史的な背景
まず『ウィッカーマン』の物語の基礎となっている「宗教」について話します。
大昔に「ケルト人」という人たちがグレートブリテン島に住んでたんですよ。今のイギリスに。
ですが紀元前1世紀にローマ帝国から、数百年後にはアングロサクソン人から、侵略の憂き目にあいます。
彼らは土着の「ドルイド教」という宗教を信仰してたんですが、侵略によってキリスト教が広がり、だんだん衰退してしまいました。
(キリスト教から見た異教徒たちのことを「ペイガン」とか「ヒーゼン」と言います。劇中でハウイーが叫んでましたね)
ただ、北のスコットランドとか南のウェールズなどに関しては、キリスト教の支配が完全に及ばずに、土着のドルイド信仰が残ったんです。
太陽をはじめ自然への崇拝、魂は滅びずに生まれ変わる、
などの思想が特徴で、神の恵みを得るために人間を生贄に捧げることもあったようです。
奇怪な教義と文化
『ウィッカーマン』の魅力は、それら「ドルイド教をベースにした奇怪な習俗」の描写の数々。
魔女の存在
行方不明の少女の母親が、「ノドが痛い」という子供に生きたカエルを飲ませるシーンが出てきます(オエッ!)

それから薬屋に行けば
「陰茎の包皮」
「ネズミの脳みそ」
「ヘビの塗り薬」
「(なんの生き物か分からない)心臓」
「虫のホルマリン漬け」
「子犬のホルマリン漬け」
…などなど、グロテスクな漢方薬たちも登場します。

“進歩的” で ”文明的” な西洋医学では使われない薬ばかりですね。
これ何のためのシーンなんでしょうか?
16世紀〜18世紀くらいまでのヨーロッパには、病気や怪我をした患者が医療行為を受ける施設、つまり現代でいう「病院」がほとんどありませんでした。
医療行為は基本的に自宅で行うもの。
その際に病人や怪我人は、森の奥でハーブや薬を作ったりまじないの知識を豊富に持つお婆さんから薬を買うこともよくあったんです。
医療技術が体系化されておらず病院もない時代のヨーロッパでは、こういう民間療法が重要な役割を持ってたんですね。
森の奥で怪しげな薬やまじないを扱う彼/彼女たちを、中世半ば以降の権力者つまりキリスト教会は「魔女」と見なしました。
「あの者たちは悪魔を崇拝し、残虐な儀式を行い、人々を神の道から逸脱させようとしている!」
そういう主張で「魔女狩り」を行ってきた歴史があるわけです。
(魔女や魔女狩りを描いた名作も色々あるので後日記事にまとめたいです)
『ウィッカーマン』は
「原始的宗教の信仰者による、かつて自らを迫害したキリスト教徒への反撃」
がコンセプトですから、ハウイー巡査にとって得体の知れない「魔女」や奇妙な民間療法という対立項が登場するわけです。

女性たちがストーンヘンジのような巨石のそばで、焚き火を囲み、全裸でダンスを行うシーンも魔女の集会(サバト)を思わせて印象深いですね。
淫猥な習俗
人の入れ替わりが少ない閉鎖的な村では、遺伝子的に強い子を残すため、地元の女性が外部から来た男性と交わり、子を為す事がよくありました。
今作屈指の名シーンである「ウィローの誘惑」はその文化を表したものですね。
(『ミッドサマー』で男子学生たちが舞台となる北欧の村を訪問するのも、「地元の女の子たちとエロいことできるらしいから行こうぜ」が目的でした)
宿屋に泊まったハウイーの隣室で、宿屋の娘ウィローが全裸でなまめかしく歌い、腰をくねらせて踊ります。

ハウイーはドア越しにその姿を妄想し、脂汗をダラダラ流しながら、たぎる性欲を必死に押さえつけます。
(ムッツリな奴め!)
当シーン以外にも宿屋の客たちが明るく元気に猥歌を合唱したり、男女たちが集団で野外セックスに興じていたり。

敬虔な未婚のキリスト教徒で童貞のハウイーにとっては、けしからんこと甚だしい光景!
メイポールダンス
村の広場で少年たちが木の棒にリボンを結び付けてダンスを踊るシーンがあります。
これは「メイポールダンス」と言いまして、ヨーロッパの春の祭り「五月祭」で行われる儀式。
豊穣の女神マイアに「作物を沢山お与えください」という祈りを捧げるために行われます。

ハウイーが捜索で訪れた学校の先生から
「メイポール(木の棒)は男根の象徴、大自然の力と生殖のシンボルです」
と説明されます。
「5月」を英語で「May」と言いますが、これも女神「マイア」の名前から派生した言葉です。
労働者が権利を主張するイベントである「メーデー(May Day)」も五月祭がもと。
メイクイーン
五月祭で村の乙女たちの中から選ばれる「豊穣の女王」のことをメイクイーンと呼ぶんです。
(ジャガイモの品種"メイクイーン"の名前もここからきてます)
サマーアイル島の宿屋に、その年に採れた作物と一緒に女の子が写ってる写真が沢山飾ってありますが、あの子たちがメイクイーンという事でしょうね。

ウィッカーマン
そして今作のクライマックス。
匿名の手紙にあった
「少女が行方不明になった」
という話は実は出まかせで、島民たちが共謀し、豊穣を願う祭りに必要ないけにえを「仕入れる」ための口実だったと明らかになります。
多勢に無勢のハウイーはなすすべもなく島民に囚われ、中身が檻になっている不気味な木の人形の中に放り込まれました。

この人形が、作品名にもなっている"ウィッカーマン"。
ドルイドのいけにえ儀式に使われる道具です。
ハウイーは
「木の枝で編んだ巨大な人形の中にいけにえを閉じ込め、火をつけて神に捧げ、豊穣の訪れを願う」
という奇祭のために陥れられたわけです。
(エジプトやインカやアステカや、古代の宗教はそういう血なまぐさい儀式をよくやってましたね)
真っ赤に燃え落ちるウィッカーマンと夕陽の中で、ハウイーは聖書を引用しながら断末魔の叫びを上げたのでした。


『ウィッカーマン』の恐怖の源泉
さんさんと照る太陽と青空の下、
少女たちは真っ白なワンピースを身に纏い、
華やかな花冠を頭に乗せてとても楽しそう。
屈託のない笑顔をたたえる村人たちはみな動物の毛皮を被り、道化の仮装をし、賑やかに楽器を演奏し歌いながら、パレードは続く。

いけにえを火あぶりにするという残虐極まりない儀式を行うに関わらず、自然は美しく、島民たちの様子は無邪気そのものなんですよ。
このギャップが『ウィッカーマン』の恐ろしさの源泉ですね。
文明社会の中で生きてきた人間には理解の及ばない価値観を持つ者たちと、コミュニケーションを図るもまったく疎通ができない絶望感。
暗くおどろおどろしい描写を用いず、底抜けに明るいムードの中で残酷な儀式が行われるからこそ、「迷い込んだ文明人」の絶望がいっそう際立つわけです。
『ミッドサマー』もその意図を汲んで作られていますね。
『ウィッカーマン』の音楽
『ウィッカーマン』は島民たちがフォークソングを独唱・合唱するシーンが多く、半ばミュージカルの様相を呈してます。
どの歌も印象的ですが、中でもウィローがハウイーを誘惑するために歌う ”Willow’s Song” はとりわけ評価が高く、多くのミュージシャンにカバーされたり引用されてます。
例えば
■イザベル・キャンベル(ベル・アンド・セバスチャンの元メンバー)
■The Go! Team
■Pulp
■Sing-SIng (※シューゲイザーバンドLUSHのエマの別バンド。僕シューゲイザー好きなんですよ)
■Sneaker Pimps
などなど。
イギリスのミュージシャンがほとんどですね〜。
それだけ母国では『ウィッカーマン』の認知度が高いのでしょう。
映画『ホステル』でも挿入歌に使われたり、ゲームの『SILENT HILL: DOWNPOUR』でもBGMとして流れます。
マイナー調のアコースティックギターのアルペジオに乗せて無感情に淡々と歌われる雰囲気がホラーによく合うなと思います。僕も大好きですこの歌。
『ウィッカーマン』の類似作品
『ウィッカーマン』以外にも
「現代文明から隔絶され、不気味な習俗が残る村に迷い込んだ人物が大変な目に遭う話」
は名作が沢山あるので、後日まとめ記事を書こうかなと思います。
取り急ぎ作品名だけ列挙します。
『ウィッカーマン』(2006年のリメイク版)
『ミッドサマー』
『アルカディア』
『くじ』
『脱出』
『ザ・ビーチ』
『神々の深き欲望』
『グリーンインフェルノ』
『ホットファズ』
『刑事ジョン・ブック』
などなど。
ではまた!
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